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手に触れるたび、日々が深まる──真竹の魅力

暮らしの中にある、何気ない道具たち。

その一つひとつに、もし語られざる物語があるとしたら。いつもの景色が、少しだけ愛おしく見えるかもしれません。

今回は、日本の竹細工を語る上で欠かすことのできない「真竹(まだけ)」という素材について、少しだけ深く、その物語を紐解いてみたいと思います。

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真竹は、日本の暮らしに古くから寄り添ってきた、最も身近な竹のひとつです。

その性質は、しなやかでありながら、強い。
この相反するような二つの個性が、ひとつの幹の中に同居していることが、
職人たちを魅了し、数多の美しい道具を生み出してきました。
お茶の世界で使われる、あの繊細な茶杓も。
台所で野菜の水を切る、あの丈夫なざるも。

その多くが、この真竹から作られています。

けれども、山に生えている竹が、そのままかごになるわけではありません。

一本の道具が私たちの手元に届くまでには、まるで長い旅のような、静かで、気の遠くなるような時間が流れているのです。

すべては、職人が山に入り、竹を見極めるところから始まります。

竹にも「旬」があるのをご存知でしょうか。

それは、成長が止まり、養分をあまり吸い上げなくなる、秋の終わりから冬にかけて。

この時期に伐られた竹は、虫がつきにくく、身が締まっていて、とても丈夫になるといいます。

職人は、3年から5年ほど経った、いちばん状態のいい竹を、その目で選び、一本一本、丁寧に伐り出します。

そして、工房に運ばれた竹は、まず「油抜き」という工程を経ます。

熱を加えて、竹が内側に蓄えている油をじっくりと滲み出させ、それを布で拭き取っていくのです。

この作業によって、竹はより強く、そして、美しい艶をまとう準備をします。

次に、竹は太陽の光を浴びるために、外に出されます。
数週間、ときには数ヶ月。

太陽の紫外線が、青々とした竹の色素をゆっくりと抜き、あの気品のある、美しいクリーム色の「晒し竹(さらしだけ)」へと生まれ変わらせるのです。
人の手と、自然の力。その両方がなければ、竹はまだ、素材にすらなれません。

こうして長い時間をかけて「素材」となった真竹は、ようやく職人の手によって、かごやざるへと編み上げられていきます。

そして、ここから、その道具の第二の物語が、私たちの暮らしの中で始まります。

真竹の道具のいちばんの魅力は、きっと、その「経年美」にあるのだと思います。

真竹は日々の暮らしの中で人の手に触れ、部屋の光を浴びることで、その色は、ゆっくりと、深く、温かみのある「飴色」へと変化していくのです。

それはまるで、使い手の記憶を吸い込んで、その色を深めていくかのようです。
十年経ったかごは、十年前とは違う顔をしています。

それは、家族の歴史を静かに見守ってきた、年輪のようなものかもしれません。

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真竹の道具が教えてくれるのは、時間をかけて、ものを大切にすること。そして、自然の恵みと共に生きるという、ささやかで、けれど、とても豊かな営み。

この平易な営みが、慌ただしい毎日の中で、私たちに静かな時間を取り戻させてくれるのかもしれません。

一本の竹が、山で育ち、職人の厳しい目で見極められ、太陽の力を借りて、私たちの暮らしの道具となる。

その背景にある物語を知ると、手元にある何気ない竹かごが、まるで特別な存在のように、愛おしく思えてきませんか?

その力強い佇まいと、これから飴色に育っていく未来を想像しながら、ぜひご覧になってみてください。